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  • 2017.04.03 Monday

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    相続対策とは・・・

    • 2017.04.03 Monday
    • 17:14

    201743日の産経新聞755配信より

    マイナス金利追い風で急増・増える空室・・・日銀など対策へ

    「金融機関が貸家業向けに個人に融資するアパートローンが過熱気味で、「プチバブル」の様相を呈している。相続税対策とマイナス金利が背景にある。ただ物件の供給が過剰になって空室が増え、賃料が下がる地域も出始めた。返済が滞ればローンは不良債権になりかねないことから、金融庁と日銀は対応に乗り出した。」

     

    さらに・・・「新生活が始まる時期になっても空室が多い」とか「家賃が23万円台と半分以下に下がる物権が出てきている」という。

     

    以下は私の見解です。

     

    「相続対策のために借金をしてアパートや貸家を建てる」

    言葉を並べれば簡単そうだけれど、考えなければならないことはたくさんある筈。

    入居者は見込み通り入るのか。家賃はずっと予定通り入り続けるのか。ローン金利は上がることはないのか。ローン返済がいよいよ苦しくなった時、アパートは売れるのか。売れたとしても買い叩かれるのではないか。

     

    ずいぶん昔から「借金をして賃貸物件をたてる相続対策」という手法は喧伝されてきたけれど、それは「大幅な経済成長」や「人口増加」という前提に立った話であることは論をまたないだろう。現実的に現在の状況を見れば、ごく一部の恵まれた地域にその将来性を期待させるものがあることは否定しないけれど、それは限られたものであって、さらに言えばそれらの地域でさえも10年先、20年先に同じ傾向が続く保証はない。

     

    結論を言えば、桁外れの資産家の方は別かもしれないが、普通の資産家の方が「相続対策」を真剣に考えるならば、安直に銀行や建築会社、不動産会社の口車に乗って、過大な(身の丈を超えるような)計画を立てるのではなく、ご自身の身の丈にあった、次世代に何が残せるのかを真剣に考えた「地味な」方法を考え、実行するに当たっては一人だけで行うのではなく、配偶者や跡継ぎの方々等と、十分な意思疎通を図りながら進めることが肝要だと思う。現に所有する資産をどう引き継いでゆくのかは、何を削っていくのかと同義語であることを肝に銘ずるべきである。

    ことばの食感

    • 2016.12.13 Tuesday
    • 14:41

    朝日新聞土曜版より(2016年2月20日発行)

     

    日本語のはにかみ

     

     小津安二郎の映画「東京物語」で、老妻が亡くなったあと、笠智衆の演ずるその夫周吉の姿が見えないのを心配して、戦死した次男の嫁、原節子の扮する紀子が捜しに出る場面がある。

     

     海岸を見下ろす崖の上の空き地にたたずんでいる後ろ姿を見かけて声をかけると、周吉はぽつんと一言、「きれいな夜明けじゃった」と言い、「今日も暑うなるぞ」と独り言のようにつぶやく。老後に妻を失って悲嘆に暮れていた男の口から出てくるはずの嘆きや

    悲しみのことばに代わって発せられた点に注目したい。

     

     うちひしがれている筈の父が、昇る朝日の美しさに見惚れ、耐えがたい暑さを予感して笑みを湛えるその姿は、孤独に耐えて気丈に生きてゆく決意の表明であり、気づかってくれる家族へのいたわりに満ちている。

     

     生涯独身を貫いた小津が鎌倉の家で同居していた母親へ、女優の飯田蝶子がテレビを送ったら、小津から「あんなものを贈ってくれて駄目じゃないか、自分の世話をしなくなった」と電話。それが涙声で、感謝の表明だと知った蝶子は「ざまあみやがれ」と言って電話を切ったという。相手を恐縮させないそんな思いやりをまだ共有していた時代の話である。

     

    以上、中村明 早稲田大学名誉教授 より引用

    安全保障関連法成立について思うこと

    • 2015.09.19 Saturday
    • 11:53
    安倍政権が執念を持って進めてきた「安保法案」がほとんど原案のまま、遂に成立してしまった。

    9月19日午前2時35分の時事通信報道によれば、安倍首相は同社のインタビューに対して「国民の命と平和な暮らしを守り抜く必要な法制であり、戦争を未然に防ぐためのものだ。積極的な平和外交を推進し、万が一への備えに万全を期していきたい」と述べたという。

    これまでの今法制の審議中における安倍首相や中谷防衛大臣の答弁を聞いていて、ずっと感じていたのだけれど、彼らの答弁の多くはいわゆる「詭弁」だと思う。本人たちはそんなことは無いと思っているのだとしたら付ける薬は見つからないが、もし詭弁だと薄々でもわかっていながらの答弁だったとしたら、許し難い行為だと言わざるを得ない。せっかく、「なるほど一理あるな」と思わせる部分もある法案なのに、欠陥部分を指摘されるとにわかにむきになって観点をそらす作戦に出たり、しどろもどろになったり。安倍首相のおかしなたとえ話もただ「奇妙」としか言えないしろものだった。

    曰く「戦争を未然に防ぐための法案である」とはどういうことか。未然に防ぐというのは、彼がよく言う「抑止力」ということを根拠にしているのだろうが、現実問題からすればたとえば、中国や北朝鮮のような民主的ルールの無い国と軍拡競争などすれば、際限の無い事態になる。つまり「軍事活動の許容範囲の拡大や、それに伴って必要となる軍備の増強が戦争を未然に防ぐ」という考えは、単なる妄想に過ぎないということだ。このことは「国際平和支援法」の考えにも当てはまるだろう。曰く「現に戦闘が行われていない地域での兵站活動を行い、戦闘が始まったら活動を休止するか又は撤退する」というが、現実問題として突然そんな戦闘状態に落ち入ったら、そんな悠長なことを言っていられるのだろうか。また友軍であるアメリカ軍が燃料補給を受けている際に、敵から攻撃を受けた時、日本の自衛隊が米軍を置き去りにしてそそくさと撤退などしたら米軍は怒らないだろうか。というか、そんなことをしたら大問題になるだろう。

    私は安倍首相と同じ年に生まれた。私たち戦後世代は、戦争の本当の苦しさや悲しみを知らない。戦争は恐ろしいものだろうと思うが、本当は戦争に至るまでの国や社会の有りようにこそ、畏怖を抱くべきなのかも知れない。

    今回の法案成立を実現した安倍首相は野党の一部が賛成に回ったことに触れた上で、「幅広い支持の下に(法案を)成立させることができた。国民に誠実に粘り強く説明を行っていく」と強調した、という。「幅広い支持」とは誰を指しているのだろうか。「粘り強い説明」も良いけれど、十分だと評価される説明を行うべきは法案成立以前でなければ意味が無い。また異論を全く聞こうとしないその頑迷な態度を変えない限り、国民の過半の賛同は決して得られないだろうと思う。「選良」と呼ばれる国会議員の内の与党議員達は本当にこれが本懐だったのか、問いたいものだ。


     

    ソニー不動産って?

    • 2014.12.18 Thursday
    • 12:37
    あのソニーが不動産業を始めた。

    ホームページによれば、不動産業界に蔓延する、いわゆる「両手仲介」や「定額的な仲介手数料」に挑戦状をたたきつけるような内容になっている。両手仲介は超大手の不動産業者を筆頭に多くの業者が日常的に行っている手法だし、手数料に関してもそれが上限であるという説明などしていない業者が大半ではないかと思う。

    かつて民主党が総選挙のマニフェストに不動産仲介における両手仲介禁止を載せようとしたが、不動産業界の猛反対に会って頓挫してしまったことがあった。かの米国においては、不動産取引において両手仲介という商慣習は有りえず、それは弁護士と同じように利害が相反する立場のクライアントを同一人物が担当することは有りえないからだ、とのこと。それは確かに理屈的には納得がいく話だが、だからといって日本にそれをいきなり持ち込むのはちょっと難しい気もするが。

    そこへ来て、ソニー不動産のホームページ。提案している材料(内容)は特に革新的でも何でもないのだが、まるであの「ゥォークマン」を世に出した時のように、ありふれた材料をちょっとした工夫で組立て直し、既成の業界に殴り込む果敢さを感じるのだ。

    だがしかし、その「両手仲介」放棄のアイデアは少々無理を感じる。たとえ買主・売主の担当者を別々にしたところで、同じソニー不動産の中での話で、依頼主や第三者から見れば「内通」のそしりは免れないだろう。この問題は全くの別会社において行う
    「客付け」「元付け」においても、それぞれの業者同士の都合併せの度合い等もあって、諸費者にとっての根本的な解決法は有り得ないと思う。有体に言えば、名前や規模に惑わされずに「まともで誠実で有能な業者・担当者であるかどうか」を消費者自身が見極めて取引するしかないのだろうと思う。

    年末選挙に想う

    • 2014.11.29 Saturday
    • 14:34

    昨晩は民主党埼玉第一区候補者の総決起集会に行ってきた。ちなみに候補者は私の高校テニス部の後輩だ。
    冒頭の挨拶に立ったのは、見覚えのある中山道沿いにあるバイク屋のおやじさん。そこそこ集まった支持者の前で、立派な挨拶。演説後半でちょっとあがってしまったのか、言葉が少々もつれ気味になったのはご愛嬌か。
    最初の応援演説に立った参議院の大野氏は、さすがその内容といい話し方といい、実のある説得力のある立派なスピーチ。
    候補者本人のスピーチは、いつ聞いていてもそう思うのだが、たくさんのテーマを一篇に話そうとする余り「繋ぎ言葉」によってそれぞれのテーマが脈絡なくぼかされてしまい、結局何を言いたいのかが分からなくなってしまう。大野議員のようにひとつひとつのテーマを区切って、それぞれが印象に残るようなオチをつければ良いのに。あと、話の内容はせいぜい3点位に絞らないと時間もかかり過ぎるし、聞いている方も疲れるのだ。

    ところで、今回の総選挙。自民党のキャッチフレーズ「景気回復、この道しかない」が気になる。
    これを見てすぐに連想した言葉が、「この道はいつかきた道」そして「戦争への道」だ。「この道しかない」という表現はあまりに威圧的ではないか。自民党は「これは集団的自衛権の話ではない。ましてやあんなことになる筈がない」と強弁するのだろうけれど、矛盾だらけの憲法解釈の曲解に納得できる筈がない。来年は戦後70周年を迎える。この間、戦争で一人も死なず、一人も殺さなかったのに、日本は再び「いつか」のようになってしまうのだろうか。これが「戦後レジームからの脱却」の核心なのだとしたら、絶対に認めることは出来ない。
    昨年春、さいたま市長選挙の時、「日本を取り戻す!」と言って立候補した自民党支持の候補者の人は落選の憂き目を見た。取り戻すべきは「日本人の心」進むべきは「いつか学んだ道」ではないだろうか。
    今、景気回復の掛け声高らかなのは政権与党の皆さんと一部の大企業と富裕層。野党の候補者たちと多くの一般人にとって、この冬の寒さが一層身に応える選挙結果にならなければ良いのだけれど。

    参議院議員 佐藤正久氏の講演を聞いて・・・

    • 2014.07.25 Friday
    • 19:34
    7月24日、埼玉県宅建会館にて。

    自民党参議院議員佐藤正久氏の講演を聞いた。
    1960年生まれ、通称「髭の隊長」。講演の後に質問コーナーがあったので、「なぜ髭をのばしているのか」聞こうかと思ったのだけれど、やめた。彼の地イラクでは男は髭をのばしていないと、「オカマ」と思われるらしいのだ。彼がイラクに派遣される前から髭をのばしていたのかどうかは知らないが、賢明な判断だったろうと思う。

    さて、彼の講演の中で東日本大震災の話は確かに、我らが会長が述べられたように、そのシーンが眼前に迫ってくるような、涙が止まらなくなるような内容であった。しかるに、「集団的自衛権」の話については一言言いたい。

    委員会や国会の論戦の中でのこと、民主党の要人(民主党が政権党だった時に防衛省の上に立っていた人らしい!)たる議員の「自衛隊員が犠牲になってもいいのか!」という質問には氏曰く「あきれて物が言えなかった」と。・・・「実際にそんな事態になった時に、誰が敵前逃亡などするだろうか」「自衛隊員たちの誇りと名誉を傷つけている」と。「戦う前にそんなことを言っていたら何もできないではないか」

    安倍総理が「自衛隊員には命を賭してやってもらいます」と言ったら大騒ぎになるだろう。でもそんなこと(自衛隊員が命を落とすかもしれないこと)を今論じたって意味がない。「馬鹿じゃないか」と。

    でもそうであればなおのこと、そこまで論戦を引っ張って欲しいと思うのは私だけだろうか。何か論議の「寸止め」をしてしまっているような気がしてならないのです。民主党のその議員は、きっと庶民が思っている素朴な疑問を代弁しているに過ぎないのだと、思ってはいただけないだろうか。かゆいところを掻いて欲しいのです。それこそ戦争と言うものの実態、実相を掴みたいのです。

    「国民は集団的自衛権についてまだまだ理解が十分でない」とよく言われているけれど、戦争で人が死ぬ、戦争で親や兄弟が死んでゆく、子供が死んでゆく、外国のある国ではそんなことが起きている、まるで他人事だったことがこの日本でも有り得るのだと理解・想像することができないのです。だから正直に言って欲しいのです。国民はそんなにバカじゃありません。

    私は日本の多くの人がそうであるように、戦争は絶対反対です。でも現実論からすれば、せざるを得ない戦争があるだろうことも理解できます。理想論では絶対反対で、現実論では条件付き賛成と言わざるを得ません。みなさんはどう思うでしょうか。

    戦争について

    • 2014.06.12 Thursday
    • 18:39
    「武力行使一体化 新たに3基準 「現場」の定義曖昧」東京新聞6月7日の朝刊から

    \鐺が行われている現場では支援しない。・・・えっ!戦闘が行われていない場所でしか支援しないとしたら、一体何を支援するというのだろうか?そもそもが敵に対して直接攻撃はしないってこと?
    後に戦闘が行われている現場になった時は撤退する。・・・えっ!敵が攻撃してきたら尻尾巻いて逃げちゃうんですか?それって「敵前逃亡」ってやつですよね。アメリカは「良くやってくれたね」と褒めてくれるでしょうか?
    省略

    公明党がなかなか首を縦に振らないので、仕方がないから表面上の内容を薄くしてごまかしているのだろうか?

    何だか、まったくすっきりしないのは私だけ?・・・「日本も他の先進国のように戦争を堂々とできる国にしましょう!」とどうして言えないのだろうか。そんなことを正直に言ってしまえば、たちまち大反対されるのが目に見えているからでしょうね。
    自民党安倍政権は、いつまでも回りくどいやり方をしないで、正々堂々と正面からこの問題を取り上げるべきではないでしょうか。・・・私は日本を戦争のできる国にするのは大反対ですが。

    天安門事件に思うこと

    • 2014.06.04 Wednesday
    • 13:55

    あの天安門事件から25周年、中国は何も変わっていないのか。
    当時のことを語る人々の生々しい証言を読んでいると、「ヒト」ってやっぱりそうなんだ、と思い入る。
    強烈な思い込みを持っていると、どんなに残酷なことでも何の迷いもなく成し遂げることができる。
    「はだしのゲン」という本を読んだことはないけれど、残虐な行為をしたあの兵士も同じだったんだろうと思う。
    すべてのヒトが「迷うことのできる人」「自分の判断を疑うことができる人」「正気に戻れる人」になる日は来るのだろうか。
    欲望もプライドも、正義と信じるものも、時には必要だろうけれど、それらが自分勝手に発揮されて良い筈はない。
    一人一人の現場の人間において、いわんや指導的立場にいる者に於いておや。

    集団的自衛権

    • 2014.05.02 Friday
    • 15:55
    憲法の文言を変えなくてもその解釈を変えるだけで日本が日本以外の国を守るための戦争に参加することができるのだという。
    国を守る戦争とは、どういう戦争か。国境線の位置決めに争いがある、とはどういうことか。今の国境線が正しいかどうかは誰がどうやって決めるのか。ウクライナとロシアや中国チベットの様に民族の境界と国の境界がごっちゃになっていたりもする。
    いつからか「ボーダレス」という言葉が経済の世界で叫ばれるようになったけれど、今は情報や民族が無秩序にボーダレスになってしまったにもかかわらず、相も変わらず「国益」という言葉がのさばっている。人々は自分の居住する国の法律や運営方針に従わざるを得ないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
    どうにかならないか。国の存在のために国民がいる?・・・そんな筈はない。国民(というよりはその地域に居住して、少なくともその地域に害を与えない人々)のために国があるのではないか。正義は必要だけれど、それより大事なことは「命と暮らしを守ること」ではないだろうか。(どこかの政党の決まり文句みたいだけれど)
    さてさて、こんな呑気なことを言っている場合ではないのだ。
    有識者と呼ばれる人の中には、「日本がただちに他国の戦争に介入するなんてことはない」と言う人もいるが、正直、信用ならぬ。権力は常に人を騙したがる。悲しいけれど、都合の悪いことを隠したがるのは権力者に限ったことではない。(韓国の旅客船沈没事件のドタバタ劇を見れば、むべなるかな、だ)かつて日本が300万人余りの罪なき犠牲者を出した太平洋戦争の愚を繰り返してはならない。
    ---久しぶりの書き込みでした。

    政治家とは

    • 2013.08.05 Monday
    • 11:11
     余りにも重すぎる事態となってしまった、麻生元総理のナチス政権を例にあげた憲法改定に関する発言。

    そしてその発言の主旨をねじ曲げて報道したとする、一部知識人による「国賊的マスコミ」への批判が鳴りやまない。確かに一般論として、最近のマスコミの報道のあれこれには首をかしげざるを得ないものが散見されるのは確かだが、、、、

    でも私は考える。先日の「風たちぬ」でも述べたように、たとえ報道の内容が発言者本人の真意を表すもので無かったとしても、それ以前の問題として、世の中に大きな影響を与える人ほど自身の発言、言い回しにはもっと気をつけるべきだ。特に政治家の場合、場面によっては思い切った発言を求められることもあるだろうが、そんな時こそ冷静に言葉を選ぶべきだし、まして自身の半端な知識や甘い見識を置き去りにしたまま、自慢げに自説を振り回すべきではない。

    麻生氏が心底どんなつもりで「あんな発言」をしたのか知る由もないが、過去の彼の発言歴からすれば誤報されたとしても仕方がない部分もある。ただ間違いなく言えることは彼のような人間をもう一度日本の総理にしたいと思っている人は全国民の中のごく一握り位しかいないだろうということだ。危なっかしくってしょうがない。

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